岩出山旧有備館及び庭園

2013年5月30日 更新

伊達家の知力の出発地

 伊達政宗は、天正19年(1591年)に米沢から岩手沢に居城を移し、岩手沢を岩出山と改めました。慶長6年(1601年)、さらに仙台城に移り、岩出山は政宗の4男宗泰を初代とする岩出山伊達家が代々伊達一門として治めました。

 有備館は、江戸時代に岩出山伊達家の家臣子弟の学問所となった建物で、伊達家当主が時折講義に臨むための場所であった「御改所」(主屋)とその付属屋が、現在までその姿を伝えています。有備館の建物(主屋)は、二代宗敏の隠居所として延宝5年(1677年)ころに建てられたとする説が有力です。その後、下屋敷・隠居所・学問所として使用されてきました。

 庭園は、正徳5年(1715年)ころ、4代村泰の時代に整備されたと伝えられています。仙台藩茶道頭、石州流三代清水道竿の作庭で岩出山城本丸の断崖を借景として池中に島を配した廻遊式池泉庭園で、中には300年以上の樹木があり四季を通して緑や花などで庭の変化を楽しむことができます。

 有備館及び庭園は、昭和8年(1933年)、国の史跡名勝の指定を受け、昭和45年に伊達家のご好意により、旧岩出山町へ移管されました。

 東日本大震災により主屋が倒壊し、附属屋は壁や屋根に被害がおよび、庭園の各所に地割れや陥没の被害がありました。平成24年3月から解体工事が始まりましたが、当面の間、一部を除き公開しています。

※平成25年4月から6月の土曜日・日曜日・祝日のみ庭園を全面公開します。